島根県立松江北高校 出前授業

島根県立松江北高等学校 出前授業

日時 2015/11/13(金)
場所 島根県立松江北高等学校
対象 普通科理系および理数科の2 年生 155 名
担当者 卯田、西原、三戸、穂坂、所、谷口、沖本、渥美

概要

島根県立松江北高校で普通科理系と理数科2年生の生徒を対象に出前授業を行いました。生徒たちは

  • 色の科学
  • データで人をだます方法
  • カオス・フラクタルの世界
  • 銀河で探る宇宙の歴史
  • 計算化学入門 ~コンピュータの中の実験室~
という 5 つの授業から好きな授業を 1 つ選択し、受講しました。

授業1: 「色の科学」

講師: 三戸 洋之(東京大学木曽観測所 特任研究員)

私たちは日常生活で赤、青、緑など様々な色を認識しています。このことは私たちにとってあまりにも身近なことなので、深く考えることはありません。本講義では、色の物理的な性質の考察を通じて、身近な現象に興味や疑問を持つことの重要性について学んでもらうことを目的としました。

光が物に当たると、反射が起きます。この反射した光が目に入ることによって私たちは物を見ています。同時に、波長の違いによって色を認識することができます。また、電球など自ら発光している物を見るときは、発せられている光を直接見ています。

反射光と発光の違いを学ぶため、まずは、高速道路のトンネルなどに使われているナトリウムランプを使った実習を行いました。
最初に、明るい部屋で赤と青の2つの風船を見ます。これは、蛍光灯の光が風船に当たり、反射光が目に入って赤と青に見えているという原理です。次に、部屋を暗くしてナトリウムランプで風船を見ます。ナトリウムランプは橙色の単色光です。すると、反射光からは明るさの違いしか感じられず、全ての風船が白黒スケールにしか見えないという不思議な現象が起きます。

講義風景
講義風景

次に色フィルターに関して講義を行いました。色フィルターとは、様々な波長を含んだ光を通した時に特定の色のみを通す特徴を持つフィルターです。ステンドグラスやセロハン紙が代表的な色フィルターです。ナトリウムランプを青のみを通す色フィルターに通して見た時にはどうなるでしょうか。色フィルターは青しか通さないので通過する光がありません。結果として透過する色がないために真っ暗になります。

最後に光の三原色と色(塗料)の三原色の違いについての講義を行いました。光の三原色は赤、青、緑です。対照的に、色の三原色は赤、青、黄色です。光の三原色、色の三原色を混ぜた時にどのような色になるのかについて実習を通して確認しました。光の三原色を混ぜると白になり、(下の写真)、色の三原色を混ぜた時は黒になります。この違いを生む原因はどこにあるのかを考えてもらいました。光の色を認識する原理とは異なり、塗料は目に見える色以外の光を吸収する役割を果たしていて、私たちは塗料に吸収されなかった光を見ています。三原色を混ぜると全ての可視光の光を吸収して黒になるという説明に、生徒は深く頷いていました。この説明で、塗料は前の実習におけるフィルターの役割を果たしていること、風船も同様にナトリウムランプの光を吸収していること、3つの実習が1つの話につながりました。

実習風景
実習(光の三原色)

本講義では色というとても身近なテーマを扱いました。例えば、ナトリウムランプを使った実習では、ナトリウムランプの実用的な面での欠点を学びました。では、なぜ高速道路のトンネルにはナトリウムランプが使われているのか。本講義を受講した生徒には、こういった身近なものについて積極的に興味を抱き、固定概念を捨てて考えられる人になって欲しいと思っています。

(記: 渥美)

授業2: 「データで人をだます方法」

講師: 穂坂 秀昭(東京大学大学院 数理科学研究科 数理科学専攻 博士 3 年)

この授業では「データで人をだます方法」を取り上げました。データの分析は理系、文系を問わず様々な分野で必要になります。しかしデータの扱い方を間違えると、間違った結果が導かれたり、他の人にデータの意味が正確に伝わらないといった事故が起きてしまいます。そこでこの授業では、データを扱う上で気をつけるべきこととして「データを正しく解釈すること」「データを正しくグラフで表すこと」という 2 点に着目し、敢えてデータで人をだます方法を扱うことで、データの扱い方に関して考察をしました。

授業の前半では「データを正しく解釈すること」を理解していただくために、相関関係を例に説明しました。2 つのデータの背後に因果関係があるときには、データに相関関係が表れます。しかし相関関係があるからといって必ずしも因果関係があるわけではありません。因果関係がないにもかかわらず相関関係が表れることを疑似相関と呼びます。次に、この疑似相関を実感することを目的に疑似相関を自分で作ってみるという実習を行いました。生徒の皆さんは積極的にインターネットで統計データを調べ、個性的な疑似相関の例を作って説明していました。

コンピューター室での実習
コンピューターを使った実習

授業の後半では「データを正しくグラフで表すこと」について話しました。円グラフを見て即座に値を読みとったり、2 つの円グラフを比較するというクイズを通して「円グラフでは誤った印象を与えることがある」という事実を体感していただきました。またグラフにはそれぞれ得意とする分野、苦手とする分野があることも紹介しました。さらに、グラフを間違って使用することによって誤解が生じてしまうということを実感するために、3D グラフを用いてわざと人に誤解を与えるグラフを作成する実習を行いました。生徒たちは「値を変える」、「視点を変える」など様々な工夫をして誤解を与えるグラフを見せる生徒さんたちの姿が印象的でした

また、この授業ではサイエンスステーション初の試みとして「講師が Skype のビデオ通話を通じて授業をし、アシスタントが現地で手伝いをする」というオンライン授業の形式で授業を行いました。初めてのオンライン授業ということで不安もありましたが、生徒の皆さんには面白いと感じ、授業を楽しんでいただけたようです。実習でも楽しそうにコンピュータに向かい、他の生徒と話し合って取り組んでいる様子がとてもが印象的でした。この授業が科学の世界を親しむ一つのきっかけになれば幸いです。

(記: 所)

授業3: 「カオス・フラクタルの世界」

講師: 卯田 純平(早稲田大学 先進理工学部 応用物理学科 4年)

非線形科学(複雑系)の代表的な概念である「カオス」「フラクタル」「同期」の3つのテーマを通して、物理、ひいては科学全般のエッセンスを紹介しました。

カオス

物理学におけるカオスとは何か。 一般的に「カオス」と聞くと「混沌、ぐちゃぐちゃ」といった意味で解釈している人が多いと思います。しかし、物理学におけるカオスは意味が違います。物理学におけるカオスとはダイナミクス(動き)を表現する言葉で、「ある瞬間の何かの状態」を表すような言葉ではありません。また、「混沌、ぐちゃぐちゃ」した状態は「エントロピー」という物理量で記述され、ここで「カオス」という言葉は使われません。カオスの特徴である初期値鋭敏性を学ぶため、ロジスティック写像に関する簡単な実習を行いました。

講義風景
講義風景

フラクタル

フラクタルとは、全体と部分が相似の関係となっているような図形です。これは、拡大・縮小しても見えるものが変わらないという性質(スケール不変性)を持ち、Koch曲線などの作られた図形のみならず自然界でも見られます。これと次元との関連性がとても重要で、「面積はとても小さく、周囲はとても大きい」ようなフラクタル図形は、限られた面積の中で最大限に周囲を大きくしたいような場合(毛細血管や海岸線)などに見られます。図形がどの程度「線状」「面状」「立体状」なのかを示す「フラクタル次元」を求める実習を行いました。生徒の皆さんは近くの席の人と相談し合い、楽しみながら取り組んでくれました。

Koch曲線
Koch曲線

同期現象

ホタルの集団発光や、各心筋細胞が同時に振動して大きなエネルギーを生む「心拍」などは同期現象という同一の概念で括れます。高校で既に学んでいる共振(共鳴)現象は外部から働く力が系に作用する現象であり、系の内部で各振動子(例えば、心筋細胞1つ)が互いに作用し合う同期現象とは、別の現象であることなどを説明しました。最後に、メトロノームを使った同期現象のデモンストレーションも行いました。

まとめ

今回の私の授業内容は、高校の理科の教科書には書かれていない内容になります。生徒は予備知識がほとんどないところからのスタートだったわけですが、真剣かつ楽しそうに聞いてくれたので、私もとても話しやすかったです。 限られた時間の中でしたが、生徒の心の琴線に触れるものがあったならば幸いです。

(記: 卯田)

授業4: 「銀河で探る宇宙の歴史」

講師: 西原 智佳子 (名古屋大学 理学部 物理学科 4年)

この授業では星やガスなどが集まった天体である銀河を観測することで宇宙年齢を求めることを目的としました。まず宇宙年齢を求める第一歩として銀河とは何か、銀河の種類分けに関する講義をしました。

次に、エドウィン・ハッブルという銀河の観測を行った天文学者を紹介しました。ハッブルは多くの銀河を観測し、どの銀河も我々のいる銀河系から遠ざかっている、ということを発見しました。また同時に、遠くにある銀河ほど遠ざかる速度(後退速度)が速いことが分かりました。これをハッブルの法則と言います。ハッブルの法則を用いれば宇宙年齢を求められるのですが、その方法を考える前に銀河の後退速度と銀河までの距離をどのように求めるのかを説明しました。

銀河の後退速度は普段私たちが体験しているドップラー効果という物理現象を用いて求められています。救急車が近づいてくるときには通常よりもサイレンの周波数が高く聞こえます。逆に遠のいているときには通常よりサイレンの周波数が低く聞こえます。この現象をドップラー効果と言います。光は波の性質も持つので、音だけでなく光にもドップラー効果を適用することができます。地球に対して銀河が遠のいている場合、通常よりも波長が長くなるので赤く見えます(赤方偏移)。実際に天文学では音ではなく光のドップラー効果を用いることによって銀河の後退速度を求めています。

では銀河までの距離はどのように求めるのでしょうか?銀河までの距離は星の明るさと距離の関係よって調べることができます。明るさが一定という特徴を持つIa型超新星を用いることによって星の明るさから距離を求めました。

実習中(銀河までの距離と後退速度のプロット)
実習中(銀河までの距離と後退速度のプロット)

授業の後半の実習では実際の銀河の観測結果(縦軸に後退速度、横軸に銀河系からの距離)をグラフにプロットしました。普段、数学や物理の授業でグラフを描くことが多いこともあったのかグラフ作成を早く終える人が多いという印象を受けました。しかしながら物理では数学と異なりグラフが何を示しているのかを読み取る必要があります。グラフが意味するものは何なのかについて多くの人が頭を悩ませていました。描いてもらったグラフの傾きはハッブル定数といわれる定数であり、この定数は宇宙の膨張を語っています。宇宙が一定に膨張していくと仮定した時、このハッブル定数の逆数が宇宙年齢となります。なぜハッブル定数の逆数が宇宙年齢になるのかを図や例え話を用いて説明しました。

講義を受けるまでは宇宙に年齢があることを知らなかった生徒も多く、普段の授業では扱わないことを学ぶいい機会になったようです。他にもこの講義を通してドップラー効果などの物理の授業で学んでいることが、実際の研究にどのように活かされているのかについて知ることができたと思います。このように授業で習うことがどのように応用されているかを考えると普段の勉強をさらに面白いと思えるのではないでしょうか。

(記: 渥美)

授業5: 「計算化学入門~コンピュータの中の実験室~」

講師: 谷口 大輔(東京大学 教養学部 理科I類 2年)

谷口の講義では主に、WinMostarというソフトウェアの無償版ライセンスを使い、分子軌道計算の実習を行いました。

講義風景
有機化合物についての説明

まず初めに、講師がスライドを用いてエタノールや尿素を例に出しながら有機化合物について説明しました。高校までの化学の授業では「電子は原子核の周りをまわっている」と習いますが、実はこれは不正確です。地球が太陽の周りを回っているように電子が原子核の周りを回っているわけではありません。電子は原子核の周りに確率的に存在し、雲のように広がって存在しています。また原子を構成する電子のみならず、分子を構成する電子にも同じことが言えます。このとき、電子がどのように空間に分布しているかを分子軌道(MO:Molecular Orbital)といいます。また、電子に占有されている最もエネルギーの高い分子軌道(HOMO)や、電子に占有されていない最もエネルギーの低い分子軌道(LUMO)が分子の構造や反応に大きく関わってくるという、本講義の核となる考え方についても説明しました。

説明のあとは、ナフタレンと塩素が反応したらできるものは何か?を推定することを目標にWinMostarの実習を始めました。初めはエチレン分子の分子軌道計算を例にソフトウェアの使い方を学び、その後ナフタレンの分子軌道を計算しました。ナフタレンの分子軌道を3Dで表示させそれをプリントにスケッチし、ナフタレンと塩素がどう反応するのか?ということを生徒と講師みんなで一緒に考えました。講義の最後に、円周率を求めることを例に挙げながらモンテカルロ法の説明をし、モンテカルロ法を用いて計算できる物質の性質について話しました。

実習風景
実習でソフトを使う生徒たち

最初は講師と初対面ということもあってか、緊張気味だった生徒のみなさんも、実際にWinMostarを使っての実習が始まると生徒同士で相談するなど積極的に授業へ参加していました。特に、計算を実行して分子軌道が3Dで表示されると、生徒からは歓声が上がっていました。

最後に講師から生徒へ”Be a generalist to be a specialist!”という言葉とともに、物事に広く関心を持ってほしいというメッセージを送りました。

(記: 沖本)

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