島根県立松江北高校 出前授業

島根県立松江北高等学校 出前授業

日時 2016/12/2(金)
場所 島根県立松江北高等学校
対象 普通科理系および理数科の2 年生
担当者 卯田、谷口、鳥羽、青木、沖中、田中宏、橋立、小形、沖本、渥美、寺村、田中舞、今村、朝倉

概要

島根県立松江北高校で普通科理系と理数科の2年生を対象に出前授業を行いました。生徒たちは

  • 恋するブラックホール~I ♥ Black Hole~
  • 化学をシミュレーションする!?
  • 相転移とフラクタル~BINGOゲームはなぜ盛り上がるのか~
  • アルゴリズム入門~効率的な問題解決~
  • 生物を数学的に考える
  • 反磁性とは? ~炭素の磁化を測定してみよう!~
  • コンピュータ芸術表現入門 ~今日から君も芸術家!?~
という 7 つの授業から 1 つの授業を選択し、受講しました。 授業時間は5分~10分の途中休憩を含めて110分です。サイエンスステーションのメンバーには天文など物理系のメンバーが多いのですが、今回の出前授業ではバリエーション豊かな7講座を開講することができました。

授業1: 恋するブラックホール~I ♥ Black Hole~

講師: 鳥羽 儀樹(中央研究院天文及天文物理研究所 (ASIAA, 台湾))

この授業では、ブラックホールとはいったいどんな天体を指すのかという基本的な話から、最新の学説まで広く深く触れていきました。

授業の中で、松江北高校の皆さんにブラックホールのイメージについて聞いてみると、「大きい」「重い」「黒い」などのワードがあがりました。そこで、講義では地球と同じ質量の星をどれくらいの大きさにすればブラックホール化するのか、自らの手で計算によって求めてもらいました。ブラックホールの大きいというイメージとは反対の「地球を0.9cmまで縮めるとブラックホールとなる」という結果には、教室中で驚きの声が上がりました。計算を終えても、にわかには信じがたい様子で、「間違えたかも?」と何度も解き直す生徒の姿も多く見られました。「ブラックホールは重いが、とても小さい天体である」という事実は、生徒たちのブラックホールへの興味をますます引き立てたようです。

また、大きなものには太陽の1億倍の質量を持つものもあるという、超大質量ブラックホールについても講義では触れられました。宇宙一活発な天体とも呼ばれ、中心からジェットと呼ばれる超高エネルギーである粒子が噴き出すそのダイナミックな姿に生徒達は興味深々な様子でした。授業後には「超大質量ブラックホールはどれだけのものを吸い込めるのか?」などの質問も多く寄せられました。

超大質量ブラックホールの成り立ちについては、「銀河同士の衝突による成立説」と「ガス吸い込みによる成立説」があり、生徒達の間でも意見が分かれました。講義は全編を通して、可視光線や遠赤外線など様々な光によって撮影された沢山の写真と共に行われました。見るに美しく、聞けば聞くほど不思議なブラックホールの姿に、松江北高校の皆さんも魅了されていたようでした。

講義風景
講義風景

講義は全編を通して可視光線や遠赤外線など様々な光によって撮影された、たくさんの写真と共に行われ、見るに美しく、聞けば聞くほど不思議なブラックホールの姿に、松江北高校の皆さんも魅了されていました。

(記: 沖中)

授業2: 化学をシミュレーションする!?

講師: 谷口 大輔(東京大学 理学部 天文学科 3年)

谷口の担当した計算化学の講義は、「化学をシミュレーションする!?」という内容についてパソコンルームにて行いました。この講義の目標としては「ナフタレンと塩素が反応するとどんな分子になるか」という問題について考えてもらいます。

まず、大学で習う物理化学の先取りとなりますが、簡単な座学から始めました。水素原子や炭素原子、メタン分子などの電子は原子のまわりを回っているのではなく雲のように広がっていて、その広がり方を分子軌道というもので表すという内容です。

座学が終わった後はWinMosterというコンピューターソフトウェアを使って生徒自身に実際にコンピューター内で分子の模型を作ってもらい、分子軌道を計算するというシミュレーションを行ってもらいました。

講義風景
講義風景

まず練習としてエチレンという物質の分子の構造を作ってみると、ソフトの操作にてこずる生徒もいましたが、無事全員が分子の模型を作ることができました。ソフトの操作方法に慣れてきたところで、ナフタレンという炭素が10個と水素が8個もある分子の模型を作ってもらいました。ナフタレンは複雑な形をしているために苦戦する生徒が多く、こちらから一人ひとりアドバイスを出していましたが、友達同士助け合っている生徒もいたためスムーズに進んでいきました。ナフタレンの模型ができた生徒から、作ったナフタレンの模型の HOMO (最高被占分子軌道)と LUMO (最低空分子軌道)を見てもらい、スケッチを描いてもらいました。

そしてその後、今回のお題である「ナフタレンと塩素が反応するとどんな分子になるか」について考えてもらいました。この反応は構造式を見るだけでは理解することができず分子軌道について考える必要がある反応で、また高校で履修する化学知識だけでは理解が難しい反応です。スケッチしてもらった 3D 軌道がヒントとなるのですが、即座に気づく生徒は少なく、分子の模型を作るときのように生徒同士で相談しながら考えてもらいました。数十分間生徒同士で議論を行う時間を取った後、代表して二人の生徒に前で説明をしてもらいました。彼女らは正しい答えにたどり着けていて、丁寧に全員の前で議論の結果の説明を行っていました。また他にも何人かの生徒が正解にたどり着けていました。

生徒による実習の解答
生徒による実習の解答

ソフトウェアによるモデル作成、そして議論を終えた後は、分子軌道の活用例について紹介しました。熱心にメモを取る生徒やソフトウェアによるモデル作成を時間ぎりぎりまで行う生徒など、関心の高い生徒が多くみられました。

有機化学について考えるために分子軌道という物理化学の領域の考え方が必要になった今回の例を通じて、高校より先の化学の面白さや、広い分野に渡る勉強の重要さについて、少しでも気づいてもらえたらと思います。

(記: 田中舞)

授業3: 相転移とフラクタル~BINGOゲームはなぜ盛り上がるのか~

講師: 卯田 純平(早稲田大学 理工学術院 先進理工学研究科 物理学及応用物理学専攻 修士1年)

この授業では、「相転移」と「フラクタル」それぞれについて説明し、最後に、この2つを関連づけました。

相転移とは、簡単に言えば、何か(例えば温度)を徐々に変化させたときに状態が突然変わることで、状態が変化する点を転移点(臨界点)と呼びます*1。今年のノーベル物理学賞にも関係のあるホットな話題です。水、氷、水蒸気の三相に関する話が相転移の代表例ですが、その内部で何が起こっているのかは分子の気持ちにはなれない私たちにとって理解が難しいものです。そこで、相転移をより直感的に分かりやすく理解してもらうために、パーコレーションという概念を取り入れたBINGOゲームを実習として行いました。今回のゲームは、BINGOカード上端から下端までを上下左右の穴の連結でつなぐことができたら(パーコレートしたら)クリアというルールで行いました。生徒の皆さん全員がクリアするまでゲームを行うと、大勢の人がクリアするタイミングが存在することが分かりました。パーコレートする確率はあるところで急上昇し、ここが臨界点であることが実習を通して確認できました。

講義風景
講義風景

休憩を挟み、フラクタルの話に移りました。フラクタル図形とは、パターンを縮小しても、パターンの一部を拡大しても、またもとと同じパターンが現れる図形のことです。これは、自然界においても例が見られ、例えば葉っぱの模様や、海岸線などが挙げられます。1つの簡単なルールを繰り返すことで、コッホ曲線やシェルピンスキーのガスケットと呼ばれるフラクタル図形を作ることができます。これらの図形がどの程度「線状」「面状」「立体状」なのかを示すフラクタル次元と呼ばれる数を求める実習をしました。生徒の皆さんにとっては、おそらく初めて取り組む問題だったとは思いますが、周りの人と話し合いながらフラクタル図形を作るルールを考えていました。

最後に、相転移の臨界点ではフラクタルを伴うことを紹介し*2、相転移とフラクタルの2つを関連付けました。一見すると臨界点を超えているか否かの判別が難しい状態であっても、繰り込み群という考えに基づいて、その状態を粗く見る粗視化を繰り返すと、臨界点を超えている場合とそうでない場合を区別しやすくなります。このことをExcelを用いたデモンストレーションで示し、実感してもらいました。

ふつう、ものは見方で変わり、粗く見ると見づらくなるものです。しかし、見方によらない世界や、粗く見ることでかえってはっきり見えるものがあることなどを伝えました。今回の授業は生徒のみなさんにとって、普段の生活とは少し違う考え方に触れるよい機会になったのではないかと思います。この授業で感じた刺激を一過性のものにせず、「相転移」を起こして勉学に励んでほしいというメッセージを送り、結びの言葉としました。

(記: 今村)

*1:この授業では連続相転移を扱ったので、転移点と臨界点を同義で使っています。
*2:「スケーリング」と呼ばれる理論で説明される現象ですが、この授業では詳細については触れず、紹介に留めました。

授業4: アルゴリズム入門~効率的な問題解決~

講師: 朝倉 卓人(東京大学 理学部 生物情報科学科 3年)

日々の生活で私たちが使っているコンピュータは、とても便利な物でもはや現代の生活からは切り離せないものとなっています。そのコンピュータを動かしているものは極めて単純であり、曖昧さのない命令です。そういった命令による手順をアルゴリズムといいます。この授業では効率的なアルゴリズムとはどういったものなのか、そしてどういったことに使われているのかについて話しました。

講義の前半では、実際に「整数の書かれた10枚のカードを小さい順に並べ替える」ためのアルゴリズムをグループごとに考える実習を行いました。単純で曖昧さのないアルゴリズムを考えることは、簡単なようで人間が行う操作とは違ってくる部分があるため、苦戦するグループが多くありました。様々な方法を考案しては実践するという繰り返しの中で、昇順に確実に並べることができる手順を見つけたグループからは歓喜の声も聞こえ、盛り上がる実習となりました。

実習風景
実習風景

後半では、生徒たちが考えた方法が複数あったように同じ操作を行うにしても複数のアルゴリズムがあることを説明し、それらの効率を考えていきました。一見大きな効率の差がないように思えるアルゴリズム同士であっても、カードの枚数を増やして大規模な問題にしていくと、それらの操作回数の違いが見えてきます。先ほどの実習の中でも,実行するのに時間のかかるアルゴリズムを使っていたグループがあったため、この効率の良い方法を考えるということの重要さは伝わったのではないでしょうか。

また、こういったアルゴリズムはゲノム解析などの科学研究でも活躍していることを説明しました。最近ではゲノム調査サービスなどもあり、私たちの生活にも関係があるということを再確認しました。

高校生には初めて聞く話も多かったかもしれませんが、身近なコンピュータに隠れた“単純で曖昧さのない”命令という新しい一面から、好奇心を膨らませて様々なものの面白さに気付いてくれると幸いです。

(記: 小形)

授業5: 生物を数学的に考える

講師: 橋立 佳央理(東京大学 理学部 地球惑星物理学科 3年)

この講義では、生物の個体数に関わるロトカ・ヴォルテラ方程式という方程式を例に挙げて、数学と生物学は決して独立ではなく結びついた学問であるということを考えていきました。

講義の前半では、人口推移や個体数の変化のモデル化の話から、これらはある種の微分方程式の解であることを説明しました。微分は習っているものの、微分方程式という大学の内容に戸惑う生徒もいましたが、今の知識でも解くことのできる微分方程式から始まり、演習を行ううちに簡単な微分方程式を解けるようになりました。話を聞くと、新しい知識を得たという満足気な表情まで見せてくれました。

講義風景
講義風景

前半の講義で行った方程式を解いて答えを出す“解析的に”微分方程式を考えるというところから、後半の講義では“数値的に”微分方程式を考えるということを行いました。これは具体的な数値を入れて解いていく手法で、微分方程式を解析的に解くことができない場合にも解くことができます。前半に引き続いての新しい話でしたが、生徒たちは熱心に講義を聞いて、演習の中で理解を深めてくれたようです。

講義の最後では、この数値的に解くという方法が生物学に応用される話をしました。モデル化された捕食動物と被食動物の個体数の変化についての微分方程式であるロトカ・ヴォルテラ方程式を数値的に解くことによって、これらの動物の個体数の変化を見ることができるのです。

数学と生物学の結びつきに驚く生徒もいたようですが、このように数学が様々な応用をできるということから更なるモチベーションに繋げてくれればと思います。

(記: 小形)

授業6: 反磁性とは? ~炭素の磁化を測定してみよう!~

講師: 沖本 直哉(大阪大学 理学部 物理学科 2年)

沖本は反磁性をテーマに授業を行いました。始めに、磁場の重要性について紹介しました。太陽系や銀河の形成といった宇宙の構造を考えるにあたり重力だけでは説明できないことが多く、磁場を考慮する必要があります。

次に、磁場のでき方について概説しました。生徒さんにも馴染みのある、コイルでの磁場の生じ方を復習したあと、原子でも同様に磁場が生じることを説明しました。原子核の周りを電子がまわることで磁場は生じます。磁性は電子のスピンの整列により生じ、原子核や結晶構造によって異なります。更に、沖本は実験の目的である磁化率を紹介しました。磁化率は磁場によって物質がどれだけ磁化するのかを表す物質固有の定数です。また、磁化率により反磁性や常磁性が区別できます。初めて聞く言葉もあり、生徒さんは理解しようと熱心に講義を聞いているようでした。また、途中で手を挙げて積極的に質問をする様子も見られました。

授業の後半では実験を行いました。グラファイトを吊り下げて磁石を近づけていき、グラファイトが磁石から力を受けて反発する様子を観察します。磁石を更に近づけていくと、反発していたグラファイトはある時点で磁石にくっつきます。磁石の位置の変化と磁場強度の変化をもとめ、更にグラファイトが反発した際の最大の角度を測定し、磁化率の計算を行いました。どのようにして角度等を測定するかは生徒さん自身で考えなければなりません。生徒の皆さんは試行錯誤しながら測定方法を考えている様子でした。授業の時間が終わるまでに測定を最後まで出来なかった生徒さんもいましたが、実際に手を動かすことで実験の基礎を学び、また、授業の前半で学んだ内容の理解を深めたようでした。

鉄を磁石に近づけるとどうなる?
鉄を磁石に近づけるとどうなる?
実験の様子
実験の様子
(記: 青木)

授業7: コンピュータ芸術表現入門 ~今日から君も芸術家!?~

講師: 渥美 智也(東京理科大学 理学部第2部 物理学科 2年)

この授業の目的は、情報とアートの複合領域があることを学ぶことにより,学際的な視点を持ってもらうことです。アシスタントは寺村と田中宏和が務めました。授業には23人の生徒が参加し、「processing」というプログラミングに取り組みました。

まず、導入では街中に溢れるプロジェクションマッピングやレオナルド・ダ・ヴィンチを例に科学と芸術の関係性などについて話しました。プログラミングの実習に入ってからはまず、変数や基本的なコマンドについて、実際にコードを打ち込んでもらいながら勉強してもらいました。その後、ニュートンの運動方程式をプログラミングする際の物理的な考え方を伝え、物理の本質を理解し、プログラミング言語でそれを記述することの大切さを伝えました。

最後に、プログラミングに必要な知識を補い、実習課題に移りました。実習課題はN体問題についてです。N体問題とは、互いに相互作用する3体以上からなる系を扱う問題のことです。物理的なN体問題の捉え方を幾つかのワードに区切り、それら一つ一つとプログラミング言語processingに登場する関数の対応について示しました。それにより、一見長く見えるプログラムがいかに理解しやすいかを伝えました。その後、完成した班から、色や動き方、形などを変えてもらい、それぞれの個性の現れるアート作品を作成してもらいました。

かなりハードな講義でしたが、それぞれに素晴らしいアート作品が見られ、非常に興味深いと授業なりました。綺麗な画面が現れた際、生徒からは歓声が上がり、授業終了後も名残惜しそうにPC画面を見つめていました。高校生までの学習では一見無関係に見える情報と物理。学際的視点で科学に向き合うことの面白さを伝えられる授業になったと思います。

実習風景
実習風景
完成した作品について生徒と話す田中
完成した作品について生徒と話す田中
(記: 寺村)

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